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25年ぶりに桜玉吉「しあわせのかたち」を読んだ感想

   

桜玉吉の漫画「しあわせのかたち」を約25年ぶりに読んだので感想を書きます。

ファミコンブームをかけぬけた「しあわせのかたち」

そもそも桜玉吉という漫画家のことや「しあわせのかたち」という漫画を知らない人はこの記事を読んでいないと思う。

しかし、いちおうちょっとだけ説明しておくと「しあわせのかたち」はファミコン通信(現在ファミ通に改名)にて1986年〜1994年(昭和61年〜平成6年)まで連載された4ページほどのカラー漫画。

ファミコンブームまっただ中での連載だったので、まあまあなサブカル的な人気はあったと思う。ただ当時はジャンプでドラゴーボールが連載中で漫画のメインストリームはあくまでそっちだったけれど。

時代の空気を感じられる「しあわせのかたち」

隔週販売だった創刊当時のファミコン通信(現ファミ通)を毎号楽しみにしていた筆者は、当然「しあわせのかたち」も読むようになりいつしかファンになっていた。

当時小学生の私にとって一番身近でおもしろい漫画はドラゴーボールではなく、まちがいなく「しあわせのかたち」だった。

しあわせのかたちの面白さはなんとも表現しがたい。他のどのギャグマンガとも似ていないからである。強いていうならドリフ大爆笑的なテイストかなーとは思う。

そんな懐かしさから25年ぶりにKindleの愛蔵版「しあわせのかたち」全3巻を購入し一気に読み終えた。大人買いができるようになった自分がちょっと誇らしい。

平成28年のいま「しあわせのかたち」を読むと、リアルタイムとは違う客観的な視点で見ることができた。

しあわせのかたちの連載内容の変遷とバブル崩壊による景気後退とがかなりリンクしているように感じられたのです。

前半の明るい作風から後半のしあわせのそねみへ

しあわせのかたちは連載当初、ファミコンゲームを題材にしたポップで明るい作風でした。

しかし作者体調不良(おそらくうつ病)により連載が終了するまでの後期には、明るい作風から徐々に桜玉吉先生自身の日記的な内容になっていき、最終的に暗黒舞踏を題材にした「ラブラブルート21(トゥウェニーワン)」や作者のダークな面が露出した「しあわせのそねみ」へとつながっていきます。

「しあわせのそねみ」は知る人ぞ知る、それまでの明るい桜玉吉の作風とは一線を画す作者のひねくれた視線で書かれた日記マンガであり、私は当時からヒジョーに好きなマンガでした。

おもしろくはあったものの、このころすでに作者の精神はかなり疲弊していたようで「しあわせのそねみ」が終わるのとほぼ同時にしあわせのかたちの連載も終了してしまいます。

この流れを25年後の今日からながめてみると、ちょうどバブル崩壊の時期と重なることに気がつき、景気悪化がマンガの内容にも影響したのではないかと推察せずにおれません。

バブル時代というのは桜玉吉先生のような自由人で、30すぎても無邪気にマリオカートで遊んでいる人が容認されてきた時代だったんだと思います。それだけの余裕が社会にあった時代だったんだと。

それがバブル崩壊後はそんな子供のような無邪気さが容認されなくなった、余裕がなくなってきたんだと思います。

しあわせのかたちはその後の桜玉吉作品へとつながる

「しあわせのかたち」は連載を終了しますが「しあわせのそねみ」の作風はその後の桜玉吉作品へと引き継がれていきました。

そう、桜玉吉先生はしあわせのかたち以降も「防衛漫玉日記」「幽玄漫玉日記」「御緩漫玉日記」など長期にわたって日記マンガを書き続けてくれています。ファンとしてはうれしい限り。

現在はなぜかあの週刊文春にて「日々我人間」という日記マンガを連載中です。なぜ文春なのか?は謎だがその意外性もおもしろいです。

「しあわせのかたち」そのものの感想とは話しがずれますが、長期にわたって連載されている日記マンガというのは自分と重ね合わせて読むと感慨深い読み方ができるので好きです。

桜玉吉先生の場合20代から現在は50代にいたるまで日記マンガを書き続けており、例えば私なら30代のころ桜先生はどんな生活をしていたんだろう?どんなことを考えていたんだろう?なんて思いを馳せながら読むことができるのがよいです。

まとめ:「しあわせのかたち」を読もう

「しあわせのかたち」の感想という形で本記事を書いたけれど、あまりマンガそのものの面白さについて語ることはできなかった。

ひとつ言えることは「しあわせのかたち」はどのマンガとも似ていない唯一無二のおもしろさを持つマンガだということです。まだ読んだことのない人はとにかく読んでみましょう。

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