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アニメ『ピンポン』最終回のヒーローとは何だったのかを考察

      2016/02/12

「ピンポン・ザ・アニメーション」の最終回において「ヒーロー」とは何だったのかを考察します。

ヒーローを考察するために各登場の卓球へのスタンスを整理

ヒーローという概念を考察するために、まずピンポンにおける各登場人物が「なぜ卓球をするのか?」を整理しています。

卓球に青春をかける高校生達の熱い戦いが描かれる本作ですが、それぞれのキャラクターの卓球に対するスタンスはそれぞれに違っています。

スマイル:卓球なんて死ぬまでの暇つぶし

まずスマイル(月本 誠)は

卓球なんて、死ぬまでの暇つぶしだよ

と言います。

と、言いながらもコーチの尽力もあり、彼は熱心に卓球に取り組むようになるのですが、この虚無的なスタンスはあまり変わらないように見えます。

スマイルにとって卓球は「他にすることがないからやっているだけ」に過ぎなかったのです。これはニーチェのいうところのニヒリズム(虚無主義)だと思います。

ドラゴン:自分のため、あるいはチームのため

一方、海王高校のエースのドラゴンこと風間竜一は「何の為に卓球やってるんですか?」という問いに対して二通りの答えをしています。

まず、試合前にトイレに篭っていたところでかつてのチームメイトのアクマには

無論、自分のためだ

と答えていますが、そのすぐ後に海王高校卓球部コーチの真田に再度問われたときは

無論、チームのためだ

と全く違う答えをしています。

どちらがドラゴンの本心だったのでしょうか?

「自分のため」がドラゴンの本心だったが、アクマとの会話で「チームのため」という気持ちも芽生えたのではないかと私は感じました。ここは単純な本音と建前ではないと思います。

ペコ:ヒーローだからだ

最後にペコ(星野 裕)は、

ヒーローだからだ!

と高らかに宣言しています。

しかし、この答えはよく考えると謎です。普通ではありません。

ヒーローはピンポン全体を貫いている概念なのですが、このヒーローというのがどういうことなのか私には掴みきれずにもやもやしているわけです。

しかしペコがヒーローに返り咲いたことにより、スマイルは人間性を取り戻し、ドラゴンも救われ、物語が成立しているのは間違いないのです。

ヒーローとは超人のことである

ここからいよいよ今回の本題です。唐突ですがニーチェ哲学から考えてみます。

スマイルのところでニヒリズムという言葉を出しました。虚無主義ということで、人生に絶対的な意義を見失っているということです。そんな気分を象徴しているのが「スマイルはロボットみたい」という形容です。

そんなスマイルを人間に戻すことができたのがペコ(ヒーロー)です。

ニーチェ哲学に当てはめればヒーローとは「超人」と考えられないでしょうか。

ドラゴンにはスマイルに人生の意義を与えることはできませんでした。自分のため、あるいは他人のため、という当たり前の答えでは心に深い闇を持つスマイルは納得しなかったということでしょう。

自分のため、あるいは他人のため、という自他を超越したヒーローという存在に希望を託したというのが私の見解です。

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